classical r-matrixとLax方程式
Lie-Poisson構造
有限次元Lie環gに対して、対称代数S(g)には、 {x,y}S(g)=[x,y]g (x,y∈g) によって、Poisson代数の構造が入る(以下、係数体は、実数体を仮定するが、複素数体でも同様)。S(g)は、g∗上の多項式関数環と同一視できるので、g∗には自然にPoisson多様体の構造が入る。これはLie-Poisson構造と呼ばれるもので、代数的には単純な代物である。
Lie-Poisson構造は、幾何学的に構成することもできる。代数的な構成のみでも議論できるけど、文献ではよく見るので、書いておく。
f∈C∞(g∗)とξ∈g∗に対して、dξf:Tξg∗→Rは、以下のようにして、gの元と同一視できる; ⟨dξf,v⟩=dtdf(ξ+tv)∣∣∣∣t=0 ,∀v∈g∗
すると、f,g∈C∞(g∗)に対して、Poisson括弧{f,g}∈C∞(g∗)を {f,g}(ξ)=⟨[dξf,dξg]g,ξ⟩ で定義できる。これが、Poisson括弧の定義を満たすことの証明は省略する
2つの定義が一致することを確認する。x∈gを、明示的にC∞(g∗)の元とみたものをF(x)で書くことにする。つまり F(x)(ξ)=⟨x,ξ⟩ とする。x,y∈gに対して、一致を確認すれば十分。代数的な定義では {F(x),F(y)}(ξ)=F([x,y])(ξ)=⟨[x,y],ξ⟩ となる。幾何学的な定義では {F(x),F(y)}(ξ)=⟨[dξF(x),dξF(y)],ξ⟩ であるが ⟨dξF(x),v⟩=dtdF(x)(ξ+tv)∣∣∣∣t=0=dtd⟨x,ξ+tv⟩∣∣∣∣t=0=⟨x,v⟩ となることから、 ⟨[dξF(x),dξF(y)],v⟩=⟨[x,y],v⟩ でなければらない。従って、 ⟨[dξF(x),dξF(y)],ξ⟩=⟨[x,y],ξ⟩
[Note]歴史的には、g∗にPoisson構造が入るのは、Lie自身が発見したことらしい(MarsdenとWeinsteinは、これをLie-Poisson bracket/structureと命名した模様)。この構造は、その後、忘れ去られていたのを、BerezinやKirillov,Kostant,Souriauらが1960年代に再発見したらしい。今日、余随伴軌道のcanonicalなsymplectic形式(Lie-Poisson構造の制限によって自然に誘導される)は、Kirillov-Kostant形式などと呼ばれている
classical r-matrix
classical r-matrixを扱う時、r∈g⊗gを考える場合と、R∈End(g)を考える場合とがある。
g上に、不変非退化対称双線形形式が存在する場合、自然にgとg∗を同一視できるので、原理的には両者の扱いは等価となる。実際扱われるケースは、この場合が殆どである
R∈End(g)から始めるのが分かりやすい。Rに対して [X,Y]R=[R(X),Y]+[X,R(Y)] を定義して、これがg上のLie括弧となる時、Rはclassical r-matrixであると言う(このための条件が、有名なclassical Yang-Baxter方程式であるけど、至る所で説明されているので省略する)。すると、標準的なLie-Poisson構造と同様に、[−,−]RからもC∞(g∗)上に、Poisson括弧を定義できる。これを{−,−}Rと書くことにする
可積分系業界では、classical r-matrixに付随するPoisson括弧をtensor formで書くということが、時々行われる。以下、これについて。
g∗上のPoisson構造でgのLie括弧から得られるものは、線形写像Hom(g∗,R)⊗Hom(g∗,R)→Hom(g∗,R)を定める。これは任意の有限次元ベクトル空間V,Wに対して、Hom(g∗,V)⊗Hom(g∗,W)→Hom(g∗,V⊗W)という線形写像に拡張できる。これを、A∈Hom(g∗,V)とB∈Hom(g∗,W)に対して、{A,⊗B}のように書いたりする。恒等写像I∈Hom(g∗,g∗)に対して、{I,⊗I}∈Hom(g∗,g∗⊗g∗)が定まる
classical r-matrix R∈End(g)に対してもg∗上のPoisson括弧が定まったので、これから、{I,⊗I}Rを作ることができる。L↦{I,⊗I}R(L)は、Hom(g∗,g∗⊗g∗)の元であるが、g上に、不変非退化対称双線形形式が存在する時、Hom(g,g⊗g)の元と同一視できる。
g上に、不変非退化対称双線形形式が存在する時、これを(−,−)と書いて、gとg∗を同一視する。この内積に関するgの正規直交基底eα(α=1,⋯,dimg)を取る; (eα,eβ)=δαβ この時、Rを成分で書いて R(eβ)=α∑rαβeβ とする。この時 r=α,β∑rαβeα⊗eβ∈g⊗g も、classical r-matrixと呼ぶ(こっちが本来のclassial r-matrix)
δ∈Hom(g,g⊗g)を δ(L)=[r,L⊗I]−[r∗,I⊗L] とする。但し、r∗=∑α,βrβα(eα⊗eβ)
このδと上で作ったL↦{I,⊗I}R(L)は、(gとg∗の同一視の元で)一致する。証明は、内積の随伴作用での不変性([X,Y],Z)+(X,[Y,Z])=0に注意して、普通に計算していけばいい。
わかりやすさのために、gとg∗を同一視した時、eαに対応するg∗の基底をeα′で書くことにする。I=eα⊗eα′∈End(g∗)≃g⊗g∗として {I,⊗I}R=α,β∑[eα,eβ]R⊗eα′⊗eβ′ となる。Hom(g∗,g∗⊗g∗)をg⊗g∗⊗g∗と同一視している。L∈gに対して、 {I,⊗I}R(L)=α,β∑(L,[eα,eβ]R)⊗eα′⊗eβ′ である。更にRの定義を展開すると {I,⊗I}R(L)=α,β∑(L,[eα,eβ]R)⊗eα′⊗eβ′=α,β∑((L,[R(eα),eβ])+(L,[eα,R(eβ)]))eα′⊗eβ′ を得る。内積の随伴不変性を使って変形すると {I,⊗I}R(L)=α,β∑(([R(eα),L],eβ)+([L,R(eβ)],eα))eα′⊗eβ′ を得る。eαたちは、正規直交基底であるから、∑β([R(x),L],eβ)eβ=[R(x),L]に注意すると α,β∑(([R(eα),L],eβ)+([L,R(eβ)],eα))eα⊗eβ=α∑eα⊗[R(eα),L]+β∑[L,R(eβ)]⊗eβ となる。あとは、δの定義に含まれるrを展開して比較すればいい
[補足] r∗=−rという条件を課す場合がかなりある(ユニタリ条件と呼ばれる)。その場合は δ(L)=[r,L⊗I+I⊗L] となる。このようなδは、Lie cobracketと呼ばれて、半単純Lie環のLie cobracketは、この形で得られ、Lie bialgebraといわれる
[補足]ここで定義されたPoisson括弧は、linear Poisson bracketと呼ばれるが、classical r-matrixから定義されるPoisson括弧には、quadratic Poisson bracketというのもある。rを使って、quadratic Poisson bracketのtensor formは [r,L⊗L] と書ける。
Lax方程式
I(g)をS(g)の(Lie-Poisson構造に対する)Poisson centerとする。f∈C∞(g∗)とH∈I(g)に対して {f,H}R(ξ)=⟨[dξf,dξH]R,ξ⟩=⟨[dξf,R(dξH)]g,ξ⟩=⟨dξf,adR(dξH)∗ξ⟩ なので、H∈I(g)をHamiltonianとするHamilton力学系は、L∈g∗に対して dtdL=adM∗L, M=R(dLH) と書ける。g上に、非退化な不変内積が存在すれば、これは、Lax方程式 dtdL=[M,L] を与える
明らかにH1,H2∈I(g)は{−,−}Rについて包合的; {H1,H2}R=0 なので、H∈I(g)をHamiltonianとする力学系は、自動的に、I(g)の独立な生成元の個数だけの第一積分を持つ。
[補足]quadractic Poisson bracketからもLax方程式が作れて、I(g)は包合的になるらしいけど、一般論を見たことがない